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奈良のシカを知る
国の天然記念物「奈良のシカ」は、偶蹄目(ウシ目)シカ科シカ属に分類されるニホンジカです。
自然豊かな奈良公園一帯で群れ遊ぶ美しい鹿の姿に、訪れる人々の心を魅了しています。
人との関係がとても深く、世界的に類の少ない「奈良のシカ」の魅力的な生態をご紹介します。
- 学名:
- Cervus nippon
- 和名:
- Japanese Sika
- 英名:
- Shika Deer
奈良のシカのからだ(形態)
鹿のからだの特徴は、細くて長い足、白い斑点模様(夏毛)、そしてオス鹿だけに生える角です。
大きさ(成獣平均値)
オス鹿 | メス鹿 | |
---|---|---|
頭胴長 | 約 150cm | 約 135cm |
肩高 | 約 85cm | 約 72cm |
体重 | 約 80kg | 約 45kg |
尾長 | 約 12cm | 約 12cm |
寿命 | 約 15才 | 約 20才 |
体毛
換毛時期
春(5月~6月)と秋(8月~10月)の2回
換毛期間
7~10日程度(奈良公園全体の鹿の換毛には約2ヶ月)
毛の色
- 夏毛
- オス鹿、メス鹿ともに茶褐色に白い斑点を持ちます。いわゆる“鹿の子もよう”は夏毛のことで、この白い斑点の位置や大きさは生涯変わりません。
- 冬毛
- オス鹿は濃い茶色で発情期のみ首周りにタテガミ状の毛が伸びます。
メス鹿は灰褐色でタテガミ状の毛は伸びません。夏毛に現れる白い斑点は消えてなくなります。
鹿の警戒信号
危険を感じたり驚いたりしたときなどは体毛を逆立てます。
特にお尻の毛は大きく広げて群れの仲間に警戒信号として知らせます。
また鳴き声、動作でも知らせます。
歩く・走る(鹿のひづめ)
鹿の指は、偶数の指を持った偶蹄目で4本しかありません。人で言う親指は退化し、大きく2本に分かれている指の2本は中指(第3指)と薬指(第4指)が発達したものです。
他の2本は人差し指(第2指)と小指(第5指)で副蹄(ふくてい)と呼ばれます。
鹿の足のひみつ
人で言う手くびやひじ、かかとやひざは、地面から高い位置にあります(写真・図参照)。
食べる
鹿の歯
鹿の歯は、全部で34本あり、上の歯は14本、下の歯は20本が生えています。
上あごの前歯はありません。ただし、歯板(歯ぐきが硬化したもの)が発達して下あごの歯とあわせて草を引きちぎるように噛み切ります。
また奥歯は、食べた草をすりつぶすのに適しています。
※前歯の摩滅によっておよその年令推定する方法があります。
鹿の胃
- 第1胃
- 1番大きい胃で、食べた草をため込み共生しているバクテリアなどの助けを借りて草の繊維質を分解しています。(学名:ルーメン)
- 第2胃
- 反すうして液状になった草を第3胃に送る胃袋で、まだ大きな草は第1胃に送り返しています。
- 第3胃
- 水分と養分を吸収する胃袋で、バクテリアなどをタンパク質にして第4胃に送っています。
- 第4胃
- 消化液を出して消化する人と同じ働きをする胃袋で、第1胃から第3胃までは食道が発達したものです。
奈良のシカの生活(生態と社会)
食べ物
食べる物 ~主食はノシバ~
奈良公園の鹿の主食は、奈良公園に自生するノシバです。
消化率の低い植物(主にイネ科などの単子葉草本)をたくさん食べて、胃の中で共生する微生物の力を借りながら、自分たちの栄養に変えています。
鹿せんべいはおやつ
奈良公園のシカが好むものに「鹿せんべい」があります。
しかし、これは鹿にとって“おやつ”であり、主食ではありません。
鹿せんべいは主に、イネ科の米ヌカで作られています。
砂糖や香辛料などは一切はいっていません。そのため、鹿は安心して食べられます。
食べない物
- 木本植物:
- ナギ(※1)・ナンキンハゼ・アセビ(※2)・イズセンリョウ(※3)・ヤブニッケイ
- シダ類:
- ワラビ(※4)・イワヒメワラビ
- 双子葉草本:
- レモンエゴマ・ナガバヤブマオ・イラクサ(※5)・ダンドボロギク・ノアザミ・マツカゼソウ
ディアーライン(鹿摂食線)
人樹林の下層(約2mまでの高さ)部分が鹿の採食によって見通しがよくなっている状態を、奈良公園では“ディアーライン(鹿摂食線)”と呼んでいます。
フン(糞)
鹿は1日に約500~700グラムのフンをします。
フンが粒々なのは、大腸の構造によるもので食べ物である草を内臓が活発に絞り取り栄養に変えるためです。
奈良公園には、フンを自然に返す分解者として“フン虫(コガネムシ類)”が約40種類も住んでいます。
このフン虫たちは季節ごとに活動し、鹿をはじめ奈良公園に生息する動物たちのフンをエサとして生活をしています。
その代表的なものが、体長2cmほどの大きさをしたオオセンチコガネです。
奈良公園にはこの地方に住む鮮やかな瑠璃色(るりいろ)をしたルリセンチコガネがいます。
奈良のシカの群れ
鹿が群れで生活するのは、外敵におそわれないようにするためです。
仲間の中には、何か不審な気配にいち早く気づくと、鳴き声によって群れ全体に迫る危険を知らせることで群れを守ることができます。
また、同じ仲間がたくさんいれば、外敵の目をくらますことができ、特定の仲間が狙われないようにする効果もあります。
コミュニケーション(鳴き声)
鹿のコミュニケーションのひとつに、いろいろな鳴き声があげられます。
特に秋のオス鹿の発声する鳴き声は、万葉集の歌などにも詠まれ鹿の代表的な鳴き声として有名です。
発情期オス鹿が縄張りを主張するとき | フィーョー・フィーョー・フィーョー (フューン・フューン・フューン) |
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子鹿を呼んだりするときのメスの鳴き声 | チュィーン | |
威嚇するとき | 威嚇するとき ゲ・ゲ・ゲ・ゲ・ゲ (グ・グ・グ・グ・グ、ク・ク・ク・ク・ク) |
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警戒するとき | ピャッ |
奈良のシカの1日
-
- 朝
- 鹿の1日の始まりは日照と密接な関係にます。
日の出の頃に「泊まり場」から「採食場」へゆっくりと移動しながら草を食べます。
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- 日中
- 日中は木陰や陽だまりなどの「休み場」で反すうと休息を繰り返しながら夕方まで休みます。
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- 夕方
- 夕方前になると、少しずつ移動しながら草を食べ、「泊まり場」へ移動します。
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- 日没後
- 日没後は、「泊まり場」に座り込んで反すうしながら休息をとります。
- 深夜
- 数時間休息した後、深夜過ぎまでまた食べて、また「泊まり場」で反すうしながら休息をとります。
奈良のシカの暮らし
1年の暮らし
メス鹿の暮らし(出産と育児)
メス鹿の妊娠
- 発情周期:
- 18~22日(多発情)
- 妊娠期間:
- 210~230日間
- 出産時期:
- 5月中旬~7月 ※6月中旬が最も多い。
出産
注意
出産時期のメス鹿は、子鹿を守るためにたいへん気が荒くなるので危険です。決して子鹿には近づきすぎないように注意して下さい。
オス鹿の暮らし
オス鹿だけが伸ばす角(つの)
角(つの)は、頭骨の一部が伸びて皮フが固くなったものです。枝分かれした角が特徴で、長さは数cm~60㎝ほどまで伸ばします。
- ・生後1才で、1本角、
- ・2才で、1又2先(ひとまたにせん)、
- ・3才で、2又3先(ふたまたさんせん)、
- ・4才以上は、3又4先(みつまたよんせん)まで枝の数が増えます。
※角の形や大きさはその年の体調などで変わりますが、その角でおおよその年令を推定することができます。
角(つの)の1年
毎年早春に古い角を落とし(落角(らっかく))、新しい角を伸ばします。
生え始めの角は、袋角(ふくろづの)と呼ばれ、表面が柔らかな皮膚に包まれて短い毛が生えています。
その中には角に栄養を送る血管が通っているので温かく、オス鹿はとてもこの頃の角を大切にします。
8月頃になると外皮も血管もなくなり、堅い立派な枝分かれの角(antler)となります。
発情期の行動
オス鹿は、1月~8月頃までオス鹿同士の群れを作り、それぞれの関係はかなりルーズで子育てはしません。
夏の終わりになるとオス鹿は、次第に体や性格が変わり始め、なかでも体格が大きく角が立派なオス鹿は、なわばりを持ちメス鹿の群れを囲い込むようになります。
※一夫多妻型(ハレム)という。
オス鹿が単独でする行動
- 鳴き声(求愛、威嚇(いかく)など)
- 水たまりなどに放尿して座り泥を首などにこすりつける泥浴び(ヌタうち)・泥かき
- 木などへ角こすり・体こすり
鹿同士でみられる行動
- オス鹿同士との角のつきあわせ(※6)など攻撃行動
- 上唇部を引き上げメス鹿のにおいをかぎ分けるフレーメン(※7)
- 囲い込み(ハレム)をして メス鹿を自分のなわばりからの移動を妨げる行動
- メス鹿の尻(外陰部)の匂いをかいだりなめたりしてメス鹿の発情状態を確認し(※8)、発情したメス鹿にマウントして行う交尾(※9)
注意
この時期のオス鹿は、たいへん気が荒くなるので人が近づくと危険です。決して近づきすぎないように注意して下さい。
かわいいだけじゃない「奈良のシカ」
奈良公園ではシカのかわいらしい姿をよく目にします。
しかし、奈良のシカも野生動物です。
春は出産後のメスジカが我が子を守るため、秋はオスジカは発情期に入るため、気が荒くなっていて人に襲いかかることもあります。
鹿に接する時は十分注意して下さい。